「一期一会」塾長の思い

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塾長ご挨拶

塾長ご挨拶
 
はじめまして。塾長の鈴木です。

この度は、私たちのホームページにお越しいただきありがとうございます。
私は大学卒業後、埼玉県の私立高校教師として働きはじめてから現在の学習塾を営むまで、延べ5000人以上の生徒さんと出会い、ともに成長してきました。
 
私が今でもいつも大切にしていることは、「一期一会」です。

新しく入塾してくる生徒さんも、いつも同じ曜日、同じ時間に出会う生徒さんも、その人生の一ページを私がともに歩める喜びをかみしめながら、そのときを大切にしようと心がけています。
 
もし、現在、学習塾でお迷いということでしたら、ぜひ慎重に塾をお選びいただきたいと思います。
 
それは、本当にお子さんに合った塾なのか、お子さんの大切な人生の一ページを預ける塾としてふさわしい塾なのか。

早稲田パーソナルがお子さんにとって「ふさわしい塾」なのかどうかご判断いただくために、まずは塾長である私と早稲田パーソナルのご紹介をしたいと思います。
 

勉強のきっかけは楕円球

勉強のきっかけは楕円球
 

今では私も「塾長」ということをやっていますが、小さいころは勉強よりも遊びが100倍大事な少年でした。

 

整形外科医の父と大学教授の母という家庭に生まれ、勉強は当然できないといけないという両親の無言のプレッシャーを感じながら、学校が終わったらいつもボールを持って公園か、自転車で山の中を駆け巡る日々でした。

 

んな私を見越してか、父が小学校1年生のときから、毎週日曜日には、私をラグビースクールに通わせていました。はじめ私はあまりラグビーが好きではありませんでした。でも、小学5年生になったころでしょうか、私はチームのゴールキッカーを任されるようになり、だんだんラグビーが好きになっていきました。

 

当時、私が通っていた藤沢市ラグビースクールは、早稲田大学ラグビー部OBの方が創設したスクールで、指導方針や指導内容は早稲田のラグビーであり、大学のオフシーズンには現役の早稲田大学ラグビー部の方々が指導しに来てくれるスクールでした。そうした環境で、私はいつしか「早稲田でラグビーをやりたい」という夢を持つようになりました。

 

しかし、私は中学生のころ、気づいてしまったのです。「早稲田大学に入るのは大変だ!」ということに。

 
それから私は必死に勉強しました。当時、神奈川県では中学2年生のとき、ア・テストを行っていました。9科目の、入試のような試験を、神奈川県全県で実施していた、そう、あのア・テストです。入試の20%が中学2年生で決まるという重要なテストでした。
 
もちろん、「早稲田」に行きたい私は必死です。父に頼んで塾にも行きました。ちなみに塾はわざわざ電車に乗って隣の駅まで通っていました。遊び放題でやってきた私が勉強している姿なんて、友だちには見せられないと思ったからです。
 
ア・テストが終わり、内申点も決まり、むかえた中3の12月、三者面談。そこで私は担任のN先生に衝撃のひとことを言われました。
 
「いまの成績だと志望校は受からない。もう一つ下を受けないか。」
 
私はがっくりと肩を落としながら、先生に聞きました。
 
「受かる確率はゼロですか?」
 
すると、先生は入試の点数次第では受かると思う、と。
そこで、私は考えました。私が目指していた高校は学区で2番目の高校です。少なくともそこに行けなければ「早稲田」はないなと。そう、私は背水の陣で入試に臨む覚悟を決めたのです。
 
入試、そして、合格発表。
私は自分の受験番号のある掲示板を見て、ひそかに泣きました。私の横には、私の代わりに落ちた友だちもいたので。
 

高校に入学してから、もちろん私は一番はじめにラグビー部に入部しました。その後、「スクールウォーズ」というテレビドラマの影響もあって、次々と仲間が増えました。気づいたら、ラグビー部の同級生は20人を越えていました。

 

私はその中でも小学生からラグビーをやっていたのはただ一人だったこともあり、その後、主将を務めたり、神奈川県の代表候補になったり、とにかく高校時代は勉強は二の次で、ラグビーに明け暮れる毎日だったと思います。

 

して、そうこうしているうちに、次の進路、大学入試が近づいて来てしまいました。残念ながら、もともとギリギリで高校に入学していた私です。しかも、部活に明け暮れ勉強をおろそかにしていた私です。当然のことながら、現役で早稲田大学に入学できるはずもなく、浪人の道をたどることになりました。

 

でも、浪人時代の一年間は、今でも私の勉強の基盤となっているかもしれません。朝の9時から夜の9時まで、休憩を挟んで、一日10時間は勉強したでしょうか。

 

いよいよあとがなくなった状態で、しかし、なんとしても「早稲田」に入りた私は、それこそ人生で一番勉強したのかもしれません。

 

浪人時代に、私は大きな出会いをしました。当時通っていた「代々木ゼミナール」の国語のS先生との出会いです。先生は、当時から有名講師の一人で、出版物も数多く、ほぼ代々木の本校で授業をしていたので、私は電車に1時間以上乗って先生の授業を受けに行っていました。

 

今まで知らなかった「現代文の解き方」。それももちろん衝撃的でしたが、私が一番好きだったのは、先生の小論文の授業です。先生も早稲田大学出身でした。そんな先生が早稲田を愛し、本当の早稲田生とな
るための小論文を教えてくれました。

 

慶應とは違う、早稲田が求めているもの。創設者、大隈重信の「在野精神」に通じる、その小論文授業を受けながら、私はさらに「早稲田に行きたい」という気持ちを強くした覚えがあります。

 

そして、2回目の大学入試。

いま考えたら怖いことで、現在の生徒たちにはあまりお勧めはできませんが、私は早稲田大学しか行きたい大学がなかったので、「スベリ止め」もなく、早稲田大学だけを受けました。これは現役時代(高校3年生)のときも同じです。とはいっても文系なので、受けられる学部はたくさんあります。たしか、私は7学部受けた記憶があります。

 

そして、運も味方にしながら、私はついに、念願の早稲田大学生になりました。もちろん、大学の門の前に、真っ先に、ラグビー部の門をたたいたのは言うまでもありません。

 

可能性を広げたい

可能性を広げたい
 
小学生のころから大学生のころまで、いま振り返ると、私の勉強のきっかけは、間違いなくラグビーだったと思います。

「自分が大好きなラグビーをもっとうまくなりたい。そのためには早稲田に行かなければ」という単純な
考えで、目の前の一つひとつの壁を乗り越えていったと思います。
 
現代は、なかなか夢の持てない時代と言われます。でも、はたしてそうでしょうか?
 
たしかに、私がいままでに出会った生徒たちに、「将来何になりたい?」と聞いて、はっきりとした答えが返ってきたことは少ないかもしれません。しかし、実際に、私も、私がなりたかったのは「うまいラグビー選手」というだけです。決して、将来の仕事まで考えてはいません。
 
お子さんに、「将来何になりたい?」ではなく、「いま好きなことは何?」と聞いてみてください。そうすると、いろいろな答えが返ってきます。
そして、さらに、「あれは好き?」「これは好き?」「じゃああれは?」と、聞いてみてください。そうすると、さらにたくさんの答えが出てきます。
本人が気づいていない、本来持っている能力が、まるで泡のようにあふれ出してくるのです。
 
私の勉強のきっかけは、ラグビーであり、「早稲田」でした。
でも、その勉強のなかで、私はいろいろなことに出会い、興味を持ち、そして、いまがあります。
私は、この自分が経験した「勉強を通じて得ることができるさまざなな出会い」を生徒に伝えたいという思いで、まずは高校の先生、中学校の先生をやってきました。
 
しかし、さらに、小学生から高校生まで、幅広く、数多くの生徒たちに伝えるため、塾を開校することにしたのです。
 
子どもたちは真っ白なノートです。
 
そこにどのような色をつけていくか、その「可能性」を広げてあげるのは、我々大人の役割、仕事、使命です。
そして、その「可能性」は、勉強すればするほど、成績を上げれば上げるほど、選択肢が増え、広がります。
「勉強って楽しいな」というより、「勉強するとさらに楽しくなるよ」ということを私は伝えていきたいと思っています。
 

やればできる!ラグビーと勉強で学んだ精神

やればできる!ラグビーと勉強で学んだ精神
 

私は、中学校時代、高校入試、高校時代、大学入試と、それぞれの場面で最後には成功してきました。

勉強は「やればできる!」ということを体感してきました。

ただ、なぜその前向きな考え方、姿勢がつくられたのか、自分なりに考えたとき、やはりそれはラグビーというスポーツ、そこで学んだ経験が大きいのだと思います。

 

そして、その集大成は、やはり、早稲田大学ラグビー部での4年間であり、その精神であると思います。早稲田大学ラグビー部は、そこにいるすべての人間が「やればできる!」の精神を持って、日々、切磋琢磨し、そして、その後の人生を歩んでいます。

 

早稲田大学ラグビー部は、監督・コーチをはじめ、部員全員が、毎年作文を一つ書きます。春に書いて、一冊の冊子にまとめ、夏合宿のころに部員全員の手に渡されます。これは当然非売品で、なかなか外には出てこないもので、その存在自体あまり知られていませんが、私が大学4年生のときに書いた作文をご紹介します。

 
くすぶっているお前へ
なぜ俺はここにいるのだろうか、と、お前は一度でも真剣に考えたことがあるか。
俺のポジションは人数が多いしまだ下級生だからしょうがないよ、などと思っているやつがいたとしたら、すぐにやめちまえ。
お前は誰のためにラグビーやってるんだ。自分のためだろ。だったら他人のせいになんかするな。
お前がお前のために今どうすればいいか、それをまず考えろ。
四年間なんてあっという間だ。その中で何度お前にチャンスが巡ってくると思ってるんだ。
待つな。チャンスは待ってるだけじゃだめだ。自分で呼び寄せろ。
そのヒントはお前の今日のその練習、その試合の中にいくらでも転がっている。
目の前のプレーに全力を注げ。
そしてもっと謙虚になれ。
お前を支えているプライド、こだわり、それももちろん大切だ。しかし、他人の声にもうちょっと耳を傾けてもいいんじゃないか。もっと視野を広げてみろ。
お前は入部当初の夢をまだ忘れていないか。
あのころのようにまだ熱いか。
腐るな。卑屈になるな。お前はまだまだやれる。
四年間は短いけれど、お前がするべきことはまだまだあるはずだ。
あとは何事もなく無難に一日一日をこなして終わるか。
それとももう一度初心にかえってチャレンジするか、それはお前次第だ。
数少ないチャンスを着実にものにするか、それもお前次第だ。
もし失敗しても七転び八起き。
ぶちのめされてもまた立ち上がればいい。
そしてまたチャレンジだ。タックルだ。
体を張って、ひたすら上を目指して突っ走れ。
   
いま振り返ると、これは、私が大学4年生の当時、全部員そして自分自身に宛てて書いたメッセージだったと思います。
この文章を書くことで、そして、それを全部員に読んでもらうことで、「俺はやるんだ!」という決意を示したのだと思います。
 
早稲田パーソナルは、生徒さん一人ひとりを大切にすることを心がけています。
 
塾で一人の生徒さんと接することができる時間は限られています。
でも、塾にいるときだけでなく、塾をはなれていても、塾を必要としなくなったときも、いつまでもその生徒さんの悩みを聞き、味方となり、そして、何かあったときはいつでも帰ってくることができる、そんな塾でありたいと思っています。
 
 
株式会社早稲田パーソナル 代表取締役 鈴木 壇
 
東​逗​子​教​室​(​本​社​)​
逗​子​教​室​
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